ちゃんとした共産主義社会を作る
には
みんなが トンレンをやらないと無理か
結論から言えば、トンレンのような実践が社会全体に広まれば、
共産主義に限らず協力的な社会を支える助けにはなり得ますが、
それだけで「ちゃんとした共産主義社会」
が実現するとは言えません。
トンレン(チベット仏教の瞑想法)は、
他者の苦しみを引き受けるイメージを持つ
他者の幸せを願う
自己中心性を弱め、慈悲を育てる
ことを目的としています。
一方、歴史上の共産主義国家では、
理想とは異なり、
権力の集中
独裁
腐敗
恐怖政治
私利私欲
などが大きな問題となりました。
仏教の観点から見ると、こうした問題は
**貪(むさぼり)・瞋(怒り)・痴(無知)**
という「三毒」が十分に克服されていなかった
こととも関連づけて考えることができます。
もし社会の大多数が
トンレン
四無量心(慈・悲・喜・捨)
布施
戒律
自己中心性を減らす修行
を実践し、
他者の利益を自分の利益と同じように考えられるようになれば、
互いに助け合う社会は実現しやすくなるでしょう。
しかし、それでもなお必要なのは、
権力の監視
法の支配
公正な制度
民主的な意思決定
経済や行政の仕組み
といった制度面です。
どれほど善意の人が多くても、
制度が弱ければ問題は起こり得ます。
つまり、
トンレンは「人間の心」を変える実践であり、
制度は「社会の仕組み」を整えるものです。
持続的で公平な社会には、
この両方が重要です。
仏教の立場から言えば、
「社会を変える前に、自分の心から貪・瞋・痴を減らす」
という考え方が重視されます。
トンレンは、そのための有力な修行法の一つと言えるでしょう。
結論から言えば、
**「トンレンのような利他的な心を多くの人が身につけることは、
協力的な社会づくりには役立つ。
しかし、それだけで『ちゃんとした共産主義社会』
が実現するとは言えない」**
というのが妥当です。
トンレン(チベット仏教の実践)は、
他者の苦しみを引き受けるイメージを持つ
他者の幸福を願う
自己中心性を弱める
慈悲を育てる
という修行です。
もし社会の大多数が本当にこうした利他的な心
を持てれば、
他人を搾取しようとしない
必要以上に物を独占しない
困っている人を自然に助ける
信頼が生まれやすい
という傾向は強まるでしょう。
一方で、共産主義社会を維持するには、
心だけでなく制度の問題もあります。
例えば、
資源をどう分配するか
誰がどの仕事を担うか
権力が一部に集中しない仕組み
不正や腐敗をどう防ぐか
などは、慈悲の心だけでは解決できません。
仏教の視点では、
**貪(むさぼり)・瞋(怒り)・痴(無知)**
が強いままでは、
どんな制度でも腐敗しやすいと考えられます。
逆に、トンレンのような実践で貪・瞋・痴が弱まれば、
どのような社会制度
でも協力や信頼は育ちやすくなります。
つまり、
「トンレンを実践する人が増えること」は、
思いやりのある社会をつくる大きな助けになる。
しかし、「トンレンさえあれば共産主義社会がうまくいく」とまでは言えない。
制度設計や経済、権力の問題も重要だからです。
仏教的に言えば、「社会を変える前に、人の心を変える」という発想は重視されます
が、それと同時に、現実の制度や仕組み
も整える必要がある
と考えるのがバランスの取れた見方です。
